
しばらく修行の旅に出てきます(..ウソです..笑)
実はなにかと忙しくなってきました。
写真撮りに行く暇もないし。。
しばらくお休みします。
みなさん、夏バテには気をつけてくださいね。
(c)All rights reserved今日は長崎に
原爆が落とされた日です
今年の
原爆シリーズは今日で終わりです
最後はやはり桜の咲く頃に亡くなった吉田勝二氏の言葉で締めくくりたい
平和の原点は人間の痛みがわかる心を持つこと
THE BASIS OF PEACE IS
FOR PEOPLE TO UNDERSTAND THE PAIN OF OTHERS
長崎が最後の被爆地でありますように
戦争とは関係のない市民を無差別攻撃するのは国際法違反です。
原爆では何の罪もない子どもたちがいろんな意味で犠牲になりました。
原爆の後アメリカのカメラマンである Joe O'Donnell氏が撮影された10枚の写真を
昨日、twitterで紹介させていただきました。
http://www.flickr.com/photos/totoro_0303/galleries/72157622960306113/写真を公開するにあたって、アメリカ国内でたいへんな反発にあわれたそうです
過去ではない、核廃絶なのに
謝罪する、しない?
どうでもいいことでしょう
謝罪したくない人達の謝罪はいらない
息子さんがお父さんの意思を継がれてFrickrにて公開されている写真をお借りしました
どのくらいの人が見てくださるのかしらと心配でしたが
昨日は250人以上の人達がみてくださったみたいです
*
広島、長崎に来られたらぜひ一度
原爆資料館を訪れてください
人が人にすることではない
そう思われるのではないでしょうか
(c)All rights reserved
帰り来ぬ夏の思い
黒い雨の降りしきる中 ぼくは母さん 探してます
のどがからから 水が欲しいよ 母さん
やけどの手足が ひりひり痛いよ 母さん
さっきの青空 どこへ消えたの 母さん
母さん 母さん 母さん お願い 返事をしてよ 母さん
なんだかぼくは もうぼくでなくなるよ
炎の雨の降り注ぐ中 ぼくは母さん 探してます
回りがだんだん 熱くなってくよ 母さん
ぼくのおうちは どこにいったの 母さん
さっきの話の 続きをしてよ 母さん
母さん 母さん 母さん 早くここへ来て ぼくを抱いて
もうじきぼくは もうぼくでなくなるよ
下田秀枝
(c)All rights reserved 浦上天主堂にて
今日は広島に
原爆が落ちた日です。
核保有国のいくつかが初めて平和記念式典に出席してくれました。
これをきっかけに核廃絶(削減ではなく)の方向に向かえばいいですね。
アメリカはルース駐日大使が出席。献花なし。
これをどうとらえるか。。
遅過ぎる。献花なぜできない?
しかしながら、これを一歩前進と考えよう。。と思う。
原爆を落とした飛行機の機長の息子さんは式典に出席したことを批判しています。
謝罪ととられることがいやならしい。
これをどうとらえるか。。
原爆にかかわった人々は
自分たちを正当化しないと生きていけなかったんじゃないか。
一瞬にして何万という子どもを含む罪のない人達を焼き殺してしまったんだから。
しかしながら
原爆落とした人が英雄であってはいけない。
地球上から、核兵器無くさないと
(c)All rights reserved
のどが渇いてたまりませんでした
水にはあぶらのようなものが
一面に浮いていました
どうしても水が欲しくて
とうとうあぶらの浮いたまま飲みました
―あの日のある少女の手記から―
原爆で頭の部分が飛んでしまった使徒の後ろ姿です
今でも長崎の町を見渡しながら祈っています
浦上
天主堂にて
(ソテツのとげとげ葉っぱの中に頭つっこんで撮ったので構造とか考える余裕なしデス。。汗)
昨日お話した竹山氏の歌に
「アメリカに一発の核を落とさんか考へ考へ燃ゆる枯菊」
という歌がある
素直に、素朴に、そうだ!と思えてくる
原爆投下から65年もたつのに何も変わっていない
原爆を落とした兵士は今も英雄なのだ
怒りの広島、祈りの長崎と言うけれど、
やっぱり怒りであって、祈りはその次だと気付かされる
原爆を正当化しちゃいかんやろう、アメリカ!
やっぱり反省せんといかんのじゃない?
オバマ大統領の核削減。。
削減なんて言わず全廃せんと意味ないと違う?
しかしながら
核保有国のいくつかが初めて
8月9日の長崎
原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に出席してくださるらしい
期待してみよう
土
えいがを見ていると
ひこうきの上から
アメリカ人は
わらって
ばくだんを
おとしました
下で
足が一本おれて
うごけなくなったり
死んだりする人が
かわいそうです
小学4年 渡谷庸子(1952/9)
(c)All rights reserved毎年8月になると、微力ながら
原爆を伝えようと思う
私は長崎生まれの長崎育ち、被爆2世です
両親も親戚のおじちゃんたちもおばちゃんたちも、みんな被爆者でした
最近になって、ほとんどがたて続けに死んでしまいました
原爆を知っている被爆者が、どんどん減っていってるのです
夏なのになぜ
桜かと・・・
今年、
桜の咲くころに、やはりふたりの被爆者が亡くなられています
原爆の語り部となり、生涯
原爆を語り伝えられた吉田勝二さん
被爆者として、いつも凛とした歌を歌われた竹山宏さん
桜の美しいころにその方々の訃報を聞いたのです
神がきっとお二人の凛とした人生を祝福されて、
桜の一番美しい日に天国につれていったのかも知れないと考えた。
いや、まじめに・・
私はどちらかというと、いわゆる反核運動なるものに抵抗がある
なぜって訊かれると困る
きっと、政治的なものを感じてきたから・・かも知れない
しかしながら、私は長崎っ子だ
桜の美しいころに聞いた訃報に
やはり、
原爆伝えなきゃって決意を新たにした訳で
と言って、大したこと出来そうにもないんだけど・・
そんなこんなを、
桜の咲くころに思ったのであります
もう間もなく、また8月がやってきます